2011年12月18日日曜日

Jacquesからのメール:ETHOS活動の心構え(和訳)


原文(英文)はこちら

コウタさんへ

あなたの手紙は重要な問題を提示しています。それは復興過程における科学の役割、言い換えれば科学と実際の取り組みとの関係です。これは多くの倫理的な疑問を生ずる繊細な問題です。

私たちには放射線の人間や生物に対する影響について多くの知見がありますが、それでも完全というにはほど遠く、いまだ不確かさがある、ということを、まずは認識しなければなりません。今の段階ではまだ詳細に立ち入るつもりはありませんが(もしご関心があれば後で述べます)、それらの不確かさがあるため、この問題に関する「科学的な立場」なるものには広い幅があり、当然、異論反論は避けられない、という指摘だけはしておきたいと思います。ご存じのとおり、人間の低線量放射線の健康影響の議論は、1950年代末にいわゆる確率的な放射線の影響の存在を科学者が確認した時に始まり、いまだに継続しています。現在は50年前よりもはるかに多くの知識がありますが、しかしそれにもかかわらず、一般の人々に直接不安を与えるような出来事が起きた途端に、依然として存在する不確かさが、科学的な議論やとても激しい論争を巻き起こします。福島の事故の直後から、科学の名の下にさまざまな異なる意見がわきおこったのは典型的な事例です。

私たちがエートスプロジェクトに着手してすぐに気がついたことは、地元の村の住民の目から見て大切なことは、リスクに対する私たちの立場ではなく(私たちは全員、低線量において閾値の存在しない線形なリスクがあるという慎重な仮説とALARAの原則を、活動にあたって共有していました)、彼らの日々の生活を改善するために私たちに何ができるか、ということでした。このような考え方においては、どの説が正しくどの説が間違っているかを決めることが問題なのではなく、最適な知識や技術を使って住民の被ばくを低減し生活の質を高めるのに何が有効かということが問題なのです。私たちはこの点に留意し、エートスプロジェクトとコアプロジェクトを通じて、当局によって汚染された地域に残ること許され、残ることを望んだ住民の状況を改善しうる活動に集中する、という立場を取りました。

ベルラド研究所に言及されましたね。これは上記の立場のいい事例です。私たちは放射線リスクに関するベルラドチームの見方についてよく存じています。それにも関わらず私たちはこのチームと共に何年も活動しました。なぜなら、第一に彼らの最も重要な目的がベラルーシの汚染された地域の状況の改善であることが分かっていたからであり、第二にベルラドは地元の食糧や学童の内部被曝について充実した測定活動をしており、これはプロジェクトを支える重要な活動だったからです。(彼らの食糧の測定についてベラルーシやフランスの他の機関による結果と比較したことがありますが、とてもよく整合していました。ベルラドは内部被曝の推計のためにICRPの係数を用いており全身調査(ホールボディー検査)の結果は病院における測定結果と整合していました。)ベルラドは子供の被ばくの低減のためにペクチンを薦めていました。私たちはこれに関する学術論文を詳細に見直し、ペクチン摂取を含む防護手段の有効性を評価するためのモデルを構築し、ペクチンを摂取してきた子供の複数の集団の測定データを集めて注意深く検討しました。最終的にペクチン供与の効果には明確な根拠がないと結論づけ、この活動(訳注:ペクチンを推奨する活動)についてはベルラド研究所と共に行うことを断りました。汚染の摂取しないよう予防することの方が、摂取した後に排出を早めようとすることよりもはるかによいことであると、私たちは常に主張し薦めてきました。私たちは村人達を説得する必要がありませんでした。それは食品を管理し日常の食事を改めることにより子供の内部被曝を大幅に減らすことが可能だと分かってすぐに、ペクチン問題はいつのまにか消え去ていったからです。

人々に(訳注:放射線防御のための)力を与えることの目的は、彼らを専門家に仕立て上げることでもなく、科学理論に固執させることでもありません。目的は人々の間に実用的な放射線防御文化を構築することです。これは具体的に何を意味するのでしょうか?これは、どこでいつどうやって被ばくし、どうすれば防御できるのかを、人々が徐々に学んでいくことを意味するのです。(訳注:放射線防御のための)力を与える過程の目的は、状況を掌握する力を取り戻し、かれら自身が防御の主役となること(すなわち自助防御)です。2001年の(フランスで開催された)放射線防御文化に関するエートスセミナーのプレゼンテーションを添付します。これはこの当時の私たちの理解です。今はよりよい考え方を持っていますが、重要な点はすでにそこにありました。さらに映像へのリンクをお知らせします。これは2000年のエートスプロジェクトの際に撮影されたものです。これをみれば当時の状況や私たちが地元の人や地元当局や専門家とともに作り上げてきた活動についてご理解いただけるものと思います。(このファイルは335Mバイトありダウンロードに時間がかかります。)

最後に、第二回「対話」ミーティングが2月末に福島県で開催されることをお知らせいたします。私たちはこれに取り組んでおります。詳細が分かった時点でお知らせいたします。みなんさんのお仲間がこのミーティングに参加されるといいのですが。この2月の日本行きの仕事は、みなさんと私たち双方にとって、これまでに議論してきた全てのことについて議論を深める機会にもなると思います。

ごきげんよう
ジャック

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