ダイアログミーティングの後、Jacquesからこんな長いメールを貰いました。
重要なことと思うので、仮訳つけて共有します。
(私たちに対して、というよりは、私たちを通して、この状況を見ている専門家に対して、という意味合いが強そうです。)
添付のPDFとPPTの翻訳について、仏語クラスタの皆様にご協力頂ければ嬉しいです。
ひとまずGoogle Translateの結果を付けておきます。
添付資料1:EXPERTISE ET GESTION DES RISQUES EN MATIÈRE NUCLÉAIRE (PDF)
https://docs.google.com/open?id=0BzmrGEp7vGRtZzh3X3JFUFJTb2lIMHpkWWpmSE9DUQ
(Google Translate 英語版)
(Google Translate 日本語版)
添付資料2:La communication en situation de post-accident nucléaire :
quelques enseignements de Tchernobyl (PPT)
https://docs.google.com/open?id=0BzmrGEp7vGRtUkcyUHRXTG1Samk2cC1PUkZkSHdQdw
(Google Translate 英語版 前半)
https://docs.google.com/document/d/1yWHh9Scf3e7-uP8yOEc9VtMBpRmHHmWEuCSlgFFlLAA/edit
(後半)
https://docs.google.com/document/d/1SgVav6j5Go1iOYXLKLdP2d68PIG_bRWTxIsIZn_SMzE/edit
(Google Translate 日本語版 前半)
(後半)
https://docs.google.com/document/d/1AX5aCl3ig9Aqh1bn7b6eSaI7bzCcQ0TJV_5c9bfsNkA/edit
以下、メール本文の仮訳。
あなたの国のこと、福島の状況のこと、第2回ダイアログミーティングのことが、どうしても心から離れません。11月の最初のミーティングのときはそんなことはなかったので、なぜかを考えています。
大きな違いは、安東さんをはじめとして、あなた方多くの人々に会い、情報や、ミーティングでのプレゼンや議論に留まらない、今後についての考えを共有できたことだと思っています。私にとっては、状況を違う視点から見る機会になりました。これまでは、私は、大きな河で人を岸から岸に運ぶ、渡し守のように感じていました。あなた達はエートスについての質問をし、私はできるだけ最適な答えと、関連する資料を返してきました。今は違います。私は、旅の仲間と共に、歩くことで出来上がった道を帰る途中のように感じています。日本にいた数日の間に聞いたことを、何度も繰り返し考えています。ベラルーシでのETHOSは、どこか未知の土地への旅の、一つの段階に過ぎなかったような予感がしています。
伊達でのダイアログミーティングで一つはっきりしたことは、科学者や専門家が、人々の心配事や質問の意味を聞くことの難しさです。多くの講演者や出席者、特に専門家は、ミーティングの席で、被災地域における情報やコミュニケーションを挙げていました。彼らは、人々への知識普及や理解させることの難しさを訴えていました。しかし、専門家の古典的な姿勢は、人々を教え導くというものです。専門家は、普遍的・中立な立場をおしすすめることで、自分たちが正しいと感じることができます。確かに、現象を司る法則(物理的、化学的な)についてはその通りですが、対策を導くための条件・基準を定めるためには、そうではありません。(その条件や基準は、物理や化学の法則だけではなく、主に社会経済的な折衷を反映した、社会的・倫理的な価値から作られます)この難しさは、私の今の考えでは、人々の不信を克服し、状況を制御していくための関与への支持を得ることに対する、大きな障害になっていると思います。大量の資金や技術的な資源を投入しても、人々の意気込みはついてきません。ベラルーシで私たちが知った、不信、見捨てられた感覚、状況に対する誤解、制御できていないという感覚、そして怒り・・・といった要素は、多かれ少なかれ今回も存在します。
専門家にとって、自分の専門性とは逆の方向から、被災地域の人々の視点に立つことがどんなに難しいか、私にはよく分かります。私たちも、ETHOSプロジェクトを進める中で、専門家としての「古典的な姿勢」を捨て、私たちが名付けたところの「共有知(co-expertise)」に、人々とともに取り組んでいけるようになるまで、長い時間がかかりました。しかし、私は、「福島のエートス」が、今後数ヶ月の間に、回復活動に関わる専門家の間での気づきを促進すること、そして人々の生活環境を改善するための貴重な数ヶ月を得られること、に対する重要な役割を果たすことになると思います。今ここでは話しませんが、既に福島のエートスに注目し、正しい方向に向かおうとしている専門家(リスクコミュニケーションやリテラシーを現状の困難を乗り越える手段として提唱しているが、いまは人々の共感をなかなか得られないでいる)が数人います。
「古典的な」科学的専門性と、多元的な意味での専門性、また「共有知」の違いについて、数年前に私が書いた論文を添付します。フランス語ですが、日本語への翻訳は、専門家にとって進むべき道を見つけるための助けになると思います。(翻訳の必要性はお任せします)また、メッセージを伝えることについてのETHOSとCOREでの経験から、非常時コミュニケーションを受け持つフランスの当局担当者に対して行ったプレゼンテーションを添付します。こちらは、この問題に対する別の視点であり、専門家によってはこちらの方が直接的に理解できると思います。
良い週末を。
以下、原文。