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2012年3月7日水曜日

共有知 (co-expertise)


ダイアログミーティングの後、Jacquesからこんな長いメールを貰いました。
重要なことと思うので、仮訳つけて共有します。
(私たちに対して、というよりは、私たちを通して、この状況を見ている専門家に対して、という意味合いが強そうです。)

添付のPDFとPPTの翻訳について、仏語クラスタの皆様にご協力頂ければ嬉しいです。
ひとまずGoogle Translateの結果を付けておきます。

添付資料1:EXPERTISE ET GESTION DES RISQUES EN MATIÈRE NUCLÉAIRE (PDF)
https://docs.google.com/open?id=0BzmrGEp7vGRtZzh3X3JFUFJTb2lIMHpkWWpmSE9DUQ
(Google Translate 英語版)
(Google Translate 日本語版)

添付資料2:La communication en situation de post-accident nucléaire :
quelques enseignements de Tchernobyl (PPT)
https://docs.google.com/open?id=0BzmrGEp7vGRtUkcyUHRXTG1Samk2cC1PUkZkSHdQdw
(Google Translate 英語版 前半)
https://docs.google.com/document/d/1yWHh9Scf3e7-uP8yOEc9VtMBpRmHHmWEuCSlgFFlLAA/edit
(後半)
https://docs.google.com/document/d/1SgVav6j5Go1iOYXLKLdP2d68PIG_bRWTxIsIZn_SMzE/edit
(Google Translate 日本語版 前半)
(後半)
https://docs.google.com/document/d/1AX5aCl3ig9Aqh1bn7b6eSaI7bzCcQ0TJV_5c9bfsNkA/edit

以下、メール本文の仮訳。

あなたの国のこと、福島の状況のこと、第2回ダイアログミーティングのことが、どうしても心から離れません。11月の最初のミーティングのときはそんなことはなかったので、なぜかを考えています。

大きな違いは、安東さんをはじめとして、あなた方多くの人々に会い、情報や、ミーティングでのプレゼンや議論に留まらない、今後についての考えを共有できたことだと思っています。私にとっては、状況を違う視点から見る機会になりました。これまでは、私は、大きな河で人を岸から岸に運ぶ、渡し守のように感じていました。あなた達はエートスについての質問をし、私はできるだけ最適な答えと、関連する資料を返してきました。今は違います。私は、旅の仲間と共に、歩くことで出来上がった道を帰る途中のように感じています。日本にいた数日の間に聞いたことを、何度も繰り返し考えています。ベラルーシでのETHOSは、どこか未知の土地への旅の、一つの段階に過ぎなかったような予感がしています。

伊達でのダイアログミーティングで一つはっきりしたことは、科学者や専門家が、人々の心配事や質問の意味を聞くことの難しさです。多くの講演者や出席者、特に専門家は、ミーティングの席で、被災地域における情報やコミュニケーションを挙げていました。彼らは、人々への知識普及や理解させることの難しさを訴えていました。しかし、専門家の古典的な姿勢は、人々を教え導くというものです。専門家は、普遍的・中立な立場をおしすすめることで、自分たちが正しいと感じることができます。確かに、現象を司る法則(物理的、化学的な)についてはその通りですが、対策を導くための条件・基準を定めるためには、そうではありません。(その条件や基準は、物理や化学の法則だけではなく、主に社会経済的な折衷を反映した、社会的・倫理的な価値から作られます)この難しさは、私の今の考えでは、人々の不信を克服し、状況を制御していくための関与への支持を得ることに対する、大きな障害になっていると思います。大量の資金や技術的な資源を投入しても、人々の意気込みはついてきません。ベラルーシで私たちが知った、不信、見捨てられた感覚、状況に対する誤解、制御できていないという感覚、そして怒り・・・といった要素は、多かれ少なかれ今回も存在します。

専門家にとって、自分の専門性とは逆の方向から、被災地域の人々の視点に立つことがどんなに難しいか、私にはよく分かります。私たちも、ETHOSプロジェクトを進める中で、専門家としての「古典的な姿勢」を捨て、私たちが名付けたところの「共有知(co-expertise)」に、人々とともに取り組んでいけるようになるまで、長い時間がかかりました。しかし、私は、「福島のエートス」が、今後数ヶ月の間に、回復活動に関わる専門家の間での気づきを促進すること、そして人々の生活環境を改善するための貴重な数ヶ月を得られること、に対する重要な役割を果たすことになると思います。今ここでは話しませんが、既に福島のエートスに注目し、正しい方向に向かおうとしている専門家(リスクコミュニケーションやリテラシーを現状の困難を乗り越える手段として提唱しているが、いまは人々の共感をなかなか得られないでいる)が数人います。

「古典的な」科学的専門性と、多元的な意味での専門性、また「共有知」の違いについて、数年前に私が書いた論文を添付します。フランス語ですが、日本語への翻訳は、専門家にとって進むべき道を見つけるための助けになると思います。(翻訳の必要性はお任せします)また、メッセージを伝えることについてのETHOSとCOREでの経験から、非常時コミュニケーションを受け持つフランスの当局担当者に対して行ったプレゼンテーションを添付します。こちらは、この問題に対する別の視点であり、専門家によってはこちらの方が直接的に理解できると思います。

良い週末を。


以下、原文。

2012年1月22日日曜日

エートス活動のキーポイント

「実用的放射線防護文化の発展のための基本的原理:ETHOSプロジェクトの教訓」

翻訳:ぼーじょーさん (@hatakofuru さん友人)
校正・スライド化:@kotanakahira さん 感謝です。

元資料(フランス語)はこちら

2011年12月18日日曜日

Jacquesからのメール:ETHOS活動の心構え(和訳)


原文(英文)はこちら

コウタさんへ

あなたの手紙は重要な問題を提示しています。それは復興過程における科学の役割、言い換えれば科学と実際の取り組みとの関係です。これは多くの倫理的な疑問を生ずる繊細な問題です。

2011年12月8日木曜日

ジャック・ロシャールさんとの往復書簡 その3 (日本語版)

原文(英文)はこちら

#5 コウタ・ナカヒラからジャック・ロシャールへ
2011年12月5日

親愛なるジャック、

勇気づけられるお言葉、再度お礼申し上げます。
おっしゃるように私は異なる立場の異なる人々が再びつながり協力できるようになって欲しいのです。翻訳作業は小さなことにすぎませんが、その一助にはなると思います。私たちにはあなたのように海外からも手をさしのべてくださる方々がいることを地元の人々に知って欲しいのです。多くの信頼できる情報源があることを、それが日本語でないというだけの理由で、多くの人は知りません。

ジャック・ロシャールさんとの往復書簡 その4 (日本語版)

原文(英文)はこちら

#7 コウタ・ナカヒラからジャック・ロシャールへ
2011年12月6日

親愛なるジャック、

どのようにお伝えしたらいいか分かりませんが、あなたの言葉からなにか勇気づけられ、力づけられるものを感じています。改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
私たちは放射線とだけでなく、人の心にある後ろ向きな力とも戦わなければなりません。本当にそうなんです。さらに言えば私たちは後ろ向きな力を前向きな力に変えていくことさえできると信じています。
私の小さな経験について申し上げたいと思います。私が初めて妻の家族に会い私の故郷がどこか話した時に彼らが少しためらったのが分かりました。半世紀も経っているのに、私の両親は1945年にはそこにいなかったのに、人々はヒロシマの外で不安に思っていたのです。
しかし、私には彼らのためらいが微笑ましく思えました。「おいおい、まだ怖がってるの?お化け屋敷の子供みたいだな」

ジャック・ロシャールさんとの往復書簡 その2 (日本語版)


#3 コウタ・ナカヒラからジャック・ロシャールへ
2011年12月4日

親愛なるジャック、

素早いお返事有り難うございます。良く分かりました。あなた方の経験談は私たちにとっておおいに助けになります。お手伝いいただけることで、この困難な状況から抜け出せるものと信じております。

コウタ



#4ジャック・ロシャールからコウタ・ナカヒラへ
2011年12月4日

親愛なるコウタ、

どういたしまして。私はあなた方が、今回の事故によって引き起こされた困難な状況を克服するものと確信しています。あなた方のもとには素晴らしい科学者がいて技術もある。だが、最も大事なのは、皆さんが困難や一部の耳障りな意見(よくあること)にもめげず、これを克服していこうとする意志を共有しているという点です。これは最も大事なことです。1990年代のはじめ、私がベラルーシでの仕事にとりかかりはじめたときの様な、経済状況が悪い上に全ての関係者が落胆しているといった状況とは大きく異なります。

私たちが住民とともに作業にあたった南ベラルーシのいくつかの場所では、この状況を変えるのに何年もかかりました (すなわち、住民同士の信頼の再構築や政治家・科学者の説得です、これによって地元の当局者や専門家が住民と同様に被災地の生活環境を改善する回復過程に関れる様になりました)。福島のセミナー中に地元の方々から聞いた話や、東京での省庁や研究機関での会議の際の当局者の話を元にすると、全ての関係者が連携して作業すれば被災地の生活環境は急速に改善されると確信しています。

私が思うに、事故後の現段階において重要な点は当局と民衆の間の溝が徐々に拡がらないようにすることです。複雑な状況と無限に現れる課題は住民と関係当局者、両者の意欲を挫かせます。これは消極さと諦めを生むだけでなく、両者の軋轢の誘因となります。例えば、当局側は「住民が無理解と不必要な恐れから、目先の事しか見ていない」と嘆くようになり、また住民も「当局の対応が不適切で遅く住民を見放している」と不満を抱きます。これこそが、現時点で危険なことなのです。

しかし私は、あなた方が上手くやれると本気で確信しています。この点において、福島での先週末の会議は私にとって非常に啓発的なものでした。会議の最終勧告では、全ての関係者が協力して事態に立ち向かうことを謳っています(メールに添付した勧告文をご覧下さい)。来年二月、また会議を続けるために福島に戻るのを楽しみしています。

敬具

ジャック

追伸:ところで、もし差し障りなければ、あなたについて、福島とどのような関わりがあるのか、簡単に教えていただけませんか?

ジャック・ロシャールさんとの往復書簡 その1 (日本語版)

#1 コウタ・ナカヒラからジャック・ロシャールへ
2011年12月3日

親愛なるロシャール様、

11月28日に福島で開催された日本国政府の作業部会討論会での御参加・御発表、誠に有り難うございました。私はボランティアの翻訳者で、あなたのご見識やご意見を福島の皆さんに紹介しようとしています。

あなたが発表で使用されたスライドの19ページについて質問があります。そこには“灰による菜園の汚染を抑える”と書かれていましたが、この“灰”の意味が分かりません。これは森林火災の灰ですか、それとも暖炉で出た灰を菜園の肥料に使用したということなのでしょうか?

ご協力に予め謝意をしめして。

敬具
コウタ・ナカヒラ




#2 ジャック・ロシャールからコウタ・ナカヒラへ
2011年12月4日

親愛なるコウタ、


ベラルーシの村々で多くの人々はまだ薪ストーブで暖をとり食べ物を調理しています。森の木材は汚染されており、その灰の汚染も問題です(1キログラムあたり数万ベクレルにものぼります)。ETHOSプロジェクト以前、人々は灰を肥料として菜園にまいていました。彼らが灰の高レベル汚染に気付くと、それを肥料に使うのを止め、農地から離れた場所に穴を掘って捨てました。つまり、この文章が意味するのは、汚染された暖炉の灰を菜園の肥料として使用することを止めて食物の汚染を低減するよう村民自身が行動をとった、ということです。

これでお分かりのことと思います。さらに翻訳にあたって説明が必要な場合は、躊躇なくご連絡下さい。

敬具
ジャック